日本の公園事情

いま、人と人とが交流し、緑とオープンスペース、豊かで清らかな水による「ゆとりとうるおい」に恵まれた美しい環境を形成するために、公園の整備が望まれています。公園は文化の香り高い豊かなものとし、地域の歴史や文化的遺産を将来にむけて連綿と継承していくのです。

欧米人の豊かな生活


緑に囲まれたドイツの集落
欧米では、時間も空間も日本に比べてずいぶんと豊かであるといわれています。日本人の朝の通勤風景を見ると、駅の階段を駆け上がり(人によってはエスカレーターを駆け上がる人もいます)、競って電車の席を奪い合い、すわればゆうべの残業か、はたまた、おつきあいで疲れているのか、頭をたれて眠ってしまう。これが平均的な日本人の朝の通勤風景ですが、欧米人がこの風景を見ると、さぞかし不思議に思うことでしょう。

パリの公園。リスやウサギが目の前を横切ることも。
欧米、といっても日建協が98年11月に実施した海外視察で訪問した英国・ロンドンでのお話ですが、まず、飛行機がヒースロー空港に着陸するまでの間、ロンドンの風景に見とれながら感じるのは緑の多さです。大都市の中心でありながら、多くの緑をたたえた街であることに驚かされます。エリザベス女王のおられる宮殿周辺はもちろんのこと、公園、教会、学校などの周辺の緑の多さは、日本の羽田空港では見ることのできない景色です。

また、英国人はまだ夜の明けぬ暗いうちから通勤スタイルに身を包み、テムズ川沿いを散歩したり、公園のベンチにすわって朝の空気をからだ中に感じていました。休日ともなると、特にお金をかけたレジャーに時間を費やすわけでもなく、近所の公園で犬を散歩させたり、パンの端くれをリスにやりながら、自然とふれあうことに豊かさを見出しているようでした。なんでもかんでも欧米にまねすることはありませんが、日本もここまで経済成長を遂げてきて、賃金水準も屈指の大国になったにもかかわらず、生活にゆとりや豊かさを感じる人が少ないのは、この時間と空間の乏しさが原因の1つではないでしょうか。

花に囲まれた庭。手入れが行き届いている
日本には動物愛護週間とか、愛鳥週間というものがあります。動物をかわいがろうとか、鳥のさえずりを聞いて豊かな気持ちになろうという週間なのですが、こういうものを設定しなければならないほど、日本人の生活は自然との関係が希薄になっているのです。そうです、欧米にはこういった週間はありません。毎日が動物愛護週間であり、愛鳥週間であるからなのです。バードウォッチングなどのレジャーが定着している欧米や諸外国では、動物や自然と共生していくことはじつに習慣的なことなのです。


自然とのふれあいが少ない日本


家の近所で散歩できる空間
そんな場所が少なくなった
かつては日本にも自然がたくさんあったはずです。なのに、なぜ、現代の日本には自然とふれあう空間が少なくなったのでしょうか。

そもそも、日本は平地が少ないうえに1950年代の高度成長期の波に押され、平地を利用した工業都市づくりや、人口の都市部への流入にともなう住宅整備など、都市機能の充実を中心に労力を費やしてきました。そのため、緑や水の整備が人々の頭の中から忘れ去られていた感があります。公園整備と言えば、都市部を離れた郊外で、自然のままの地形を生かした森林公園のようなものは実現可能としても、都市部の中心に平面的に広大な公園をつくることは難しい土地柄です。東京では例外的に明治神宮の森が“人工の森”としてありますが、これも約一世紀も前のこと。とても現代の東京では無理なお話しです。ですから、散歩のつもりで出かけていって、自由時間を公園でまどろむというよりは、車で出かけて公園で軽く汗をかき
ながら山歩きをする、というのが大都市圏を中心とした公園事情となっています。

川釣りを楽しむ。日本の都市部ではこんな光景も見られなくなった。
また、古来日本では川と地域の間に密接な関係が築かれ、川を中心とした風土が形成されてきました。“おじいさんは山へシバ刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…”は誰もが知っている昔話の一節ですね。昔々であればこのあと川上から大きな桃がどんぶらこと流れてくるのですが、現代では急激な都市化により水質が悪化し、生物の生息環境が失われ、都市部の河川ではフタをして道路にされてしまったり、頑丈な網柵をして人が近づけないようになっている河川もあります。このように、近年においては人々の意識から河川の存在が遠のいており、川と地域の関係は希薄になっているように思います。

20年前はテレビっ子と称し、外で遊ばない子どもがいましたが、現代の子どもは塾で勉強、休みの時間はテレビゲームと、自然とふれあう機会がますます少なくなっています。都市部ではウサギを追い、小鮒を釣る遊び場が少なくなっているのは確かでしょう。


自然との共生に精神的平静を求める日本人


そんななか、日本人の意識には自然との共生に関心が高まっており、「人間も自然の中の一員であり、健全な自然の営みなくして人間の未来はありえない」とまで言われています。個人でも、植物、生き物との共同生活をする人たちを最近よく見かけます。



日本のベランダ・ガーデニング。狭い空間をうまく使って工夫を凝らしている。
「庭のない住まい」に暮らしているからこそ、花や緑が恋しくなるというものだ。


欧米人が「うさぎ小屋」と称した狭いマンションの一室にも、鉢植えを備えたり、熱帯魚を飼ったりというのは以前からも見られました。最近とくに新聞紙上や専門誌等で紹介されているなかに、ガーデニングと呼ばれるものがあります。マンションの窓をあければ右を向いても左を見てもコンクリートの風景。こんな風景に嫌気がさしてきたのか、最近ベランダを利用したミニガーデンをつくる家々が目立ってきました。

花や緑のもたらす安らぎが
リビングまで広がってくる
ご存知のように、日本のマンションのベランダといえば、猫のひたいと形容されるごとく狭いものですが、この狭い空間を利用して緑の風景を創り出そうとしているのです。管理組合やマンションのオーナーの意向にもよりますが、最近ではベランダに土を入れて、実際に緑を栽培するつわものまで登場するご時世です。何もそこまでしなくてもとお思いになるでしょうが、狭い日本で精一杯生きようとしている、日本人のささやかな智恵なのです。そこまでして緑を欲する気持ちは、いったいどこからやってくるものなのでしょうか。

また、最近仕事や私生活でストレスを感じる人が増えていますが、精神的平静を目的としたアロマテラピーも、最近話題になっています。その中の1つに、何の変哲もない素焼きの器に水を入れて魔法の液を1滴たらし、小さなろうそくに火を灯すと、数分で良い香りがして気分を落ち着かせるというものがあります。みなさんお試しになったことはあるでしょうか。もちろん、気分が落ち着くものだけではなくて、興奮させるもの、眠りやすくなるもの、勉強するのに頭を冴えさせるものと、さまざまな香りの種類があります。また、前述のアロマオイルの他にもお香、ポプリ、マッサージなど、楽しみ方はいろいろです。今、この手の店がいたるところに見られ、若い女性を中心に静かなブームを誇っています。彼女たちにとっては、単に欧米のライフスタイルをまねているだけではなく、こういったものから精神的安堵感を得ようとしている現れなのでしょう。それだけ生活にゆとりと豊かさが少ない証拠なのかも知れません。

フランス生まれのアロマテラピーは、弱った体の自然治癒力・自己回復力を高めてくれる アロマオイルとアロマポット。薫り高い魔法の一適があなたの気分を変える ポプリ。原型は16世紀のエリザベス一世の時代にさかのぼる 溶けたロウにオイルを一滴落とせば香らないキャンドルもアロマキャンドルに

ところがこのアロマテラピー、実は女性の特許にしてしまうには惜しいほどの効果があるのです。香りは脳にダイレクトに働きかけるため、効果が速く、しかも的確なのです。花粉症で鼻のとおりが悪いときなど、やや熱めのお湯を洗面器に張り、そこにラベンダー、ティートゥリー、ユーカリのオイルを1〜2滴ずつ落とし、その香りを10分ほど吸います。それで鼻づまりはかなり解消するはずです。アロマオイルの成分に脳が素早く反応するのです。なぜなら鼻の粘膜から直接成分が取り込まれるからです。あなどるなかれアロマテラピー。

かつては、BGMとして、自分にとって落ち着くことができる音を室内に流し、勉強や家事をしていた人も多いはずです。今はこれにかわって、BGVといい、水の流れるさまとか、花の咲く景色、海の風景などをヴィジュアル化し、それを視覚でとらえることで精神を落ち着かせようとするものも出てきました。ながら族のスタイルも、時代とともに変わってきています。ここまでみんなが精神の安定を欲しているということは、すなわち、ゆとりのある豊かな生活環境が、私たちの周りには少なくなっていることを意味しているのではないでしょうか。


自然環境とのかかわりが見直されようとしている


名古屋市。高架道路下を積極的に緑化
相鉄ジョイナスの森。ここが屋上とはとても思えないほどの見事な森
私たちが生活する人間社会は、太古の昔からさまざまな活動によって自然とかかわってきました。自然は私たちに恵みを与えることもあれば、突如として猛威を振るい、その計り知れない力を見せつけてきました。自然はこれらの活動を生態系のなかで処理し、私たち人間も生態系の一部として自然と共に生きてきました。しかし、人間の及ぼす作用が過激になると生態系のなかでは処理しきれなくなり、大気汚染や水質汚濁などの問題が生じてきました。フロンガスによるオゾン層の破壊などはご存知のことでしょう。

このように、少しずつ生態系は変化し、これらの影響が人間社会にも及んできています。たとえば、人間が作り出した化学物質が知らない間に人間の体内に取り込まれ、生殖や発育などに影響を及ぼす環境ホルモン問題も浮上してきています。また、緑、水、きれいな空気など、自然とふれあうことが少なくなった私たち日本人は、命の大切ささえも見失いかけています。このままでいいのでしょうか?

平成8年度、建設省により第6次都市公園等整備七箇年計画が発表されています。その骨子は、

イ) 安全で安心できる都市づくりに対応した防災公園等の整備
ロ) 長寿福祉社会に対応した身近な公園等の整備
ハ) 都市環境の保全・改善や自然との共生に対応した公園等の整備
ニ) 広域的なレクリエーション活動や個性と活力のある都市づくり、農村づくりに
   対応した公園等の整備


オランダの銀行の屋上
本格的なビオトープ
ミュンヘンのパリザー街住宅
壁面が自然と一体化している
以上に重点をおいて、都市公園事業の緊急かつ計画的な整備を推進しようというものです。現状では都市部における一人あたり7uの公園を21世紀初頭には20uにまで拡充しようというものなのです。その事業の中に、自然との共生を目指した試みとして、「アサザ・プロジェクト」や「土浦ビオパーク」があります。

アサザ・プロジェクトはアサザの親草から種子を採取して、里親に苗まで育ててもらい、これを再び湖に植えつけて繁殖させる試みです。平成9年には霞ヶ浦に小学生や市民団体の手で約1000株植えつけられ、建設省霞ヶ浦工事事務所でも、アサザを
波浪から守り繁殖を促すため、対策工を施すなどの
協力を行っています。

土浦ビオパークは、市民団体の提案から始まったユニークな試みです。これは水耕生物ろ過法を使って、水中のにごりや、肥料分を取り除き、霞ヶ浦の水をきれいにしようという試みです。ここは市民が自由に出入りできる親水公園となっており、野菜や花を栽培、収穫することで自然とのふれあいを楽しむことができます。
日本でも、地域住民をあげての試みが、今まさに展開されようとしているのです。


これからの公園の理想像


これからは、環境問題への対応が迫られるなか、技術的な対応だけでなく、自然の営みにおいて人間の活動を見直そうとする意識が一層高まると考えられています。自然に対する理解を深め、自然をより身近なものとする生活スタイルが、これからは求められることになるでしょう。ここで少々おカタイお話しをしましょう。

ドイツ/カールスルーエ。地下埋設した高速道路の上は積極的に緑化され公園になっている

荒川区立自然公園
人工地盤の上を緑地化している
総理府の世論調査によると、「自分たちが住んでいるまちの中心部に望むこと」では、「人々が集まるコミュニティとしての役割」を望んでいる人が、実に35%近く見られます。"中心市街地において、地域イベントなどの交流の拠点となる公園を整備し、地域の個性あふれる緑の計画を推し進め、真に豊かさを実感できる都市づくりを行うこと"が求められているのです。

また、大地震や大火事のときは避難地として、ふだんは緑豊かな生活環境となる防災公園の整備を進めるとともに、都市環境の改善を目的とする緑地の整備を行う、グリーンオアシス事業の推進が望まれています。

これから高齢化が進むにつれて高齢者の層が厚くなり、国民の自由な時間は確実に増加していきます。高齢者は現在でも、地域におけるさまざまなスポーツ文化活動に参加していますが、今後さらにこの傾向は強くなり、健康で、時間も意欲も兼ね備えた高齢者が、いきいきと活動できる社会を作っていくことができれば、この国の将来にも明るいものが見えてくるのではないでしょうか。つまり、都市公園等のバリアフリー化を進め、緑に囲まれた快適な公園で、高齢者と若者が交流することにより思いやりの心をはぐくむような、福祉と一体となった公園整備を行うことで、本当の意味での豊かな国づくりが実現することになるでしょう。

かつて小渕政権も、「生活空間倍増戦略プラン」を重点政策として提唱していました。そのなかにも高齢者問題に関係する施策が盛りこまれていますが、福祉施設との一体化を視野に入れた、バリアフリー化を図る都市公園を5年間で倍増させる計画になっています。

たとえば、東京都には公園と小学校を共用しているところがあります。地域(高齢者)と学校との交流の場所となることで、高齢者にゆとりと安らぎを与え、かつ小学生に高齢者から知識や経験を与えることができるわけです。また、江戸川区の葛西臨海公園に行かれたことはあるでしょうか。通路を広くし、芝生を植え、自由な散策や軽い運動ができるようになっています。海辺に行けば、人工海浜で水遊びも可能です。

荒川は年間約800万人もの市民が訪れる。左:傾斜のゆるやかなスロープと折り返しの平場は、車椅子の移動には必須だ。右:自転車などの通行を気にせずゆったりと川を眺められるよう設けられた1.5mの張り出し 横浜市泉区の阿久和川。周辺には特別養護老人ホームや福祉センターがある。こんなふうに親水デッキがあれば車椅子でも気軽に水際に近寄れる

これからの都市整備は、ただ単にその規模の拡大に追われるのではなく、都市の中身に目をむけて「都市の再構築」を推進すべき時期であることは言うまでもないでしょう。たとえば道路を例にとってみても、車いすでも通行できる段差の少ない、余裕をもった歩道の整備と、木が植えられ並木が各地につくられることで、自然との共生に心のゆとりを見出す社会が求められることになるでしょう。

都市は新たな生活環境を創造するために緑を増やし、河川は地域との密接な関係を結びなおし、個性ある川づくりと緑におおわれた水辺景観を実現させることが大切です。ゆとりのある豊かな生活環境を築いてわたしたちの子孫に受け継いでいくことは、今現在生きているわたしたちの使命であるように思います。■

参考資料・写真

●香りでリラクセーション/講談社
●別冊 美しい部屋「花が好き ベランダガーデン」/主婦と生活社
●プラスワンbV0/主婦の友社
●NEO-GREEN SPACE DESIGN/(財)都市緑化技術開発機構/誠文堂
●暮らしのなかのアロマテラピー 芳香療法/山本淑子/ブティック社
●FRONT 99年2月号/(財)リバーフロント整備センター


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